東京高等裁判所 昭和31年(く)27号 決定
本件抗告申立理由は、原決定は刑事訴訟法第九十六条第一項第二号に該当するとの理由で保釈決定を取り消されたが抗告人は逃亡したことはなく、毎日就職に奔走していたが自宅に帰つていたのであるから、保釈を取り消される理由がなく、まして保証金を全部没取される理由がないに拘らず抗告人に対する保釈を取り消し、保証金を没取したのは違法であるという。
記録に徴するに、抗告人は昭和三十年八月十二日窃盗罪によつて渋谷簡易裁判所に起訴されたが、同月三十一日同裁判所の保釈許可決定があり(保証金三万円)この決定によつて翌九月一日抗告人が釈放されたこと、然るに右釈放前抗告人が未だ原宿警察署に勾留されていた頃偶々同房にいた衣斐隆から同人が予て他より窃取して東京都港区青山権田原明治記念館附近に隠しておいたカメラ外数点を譲渡され、抗告人釈放後数日の中に右隠匿場所を探し現実に右カメラ等を入手したが、間もなくこの事実が発覚し、同月十八日賍物収受罪で逮捕され、同月二十八日同罪で渋谷簡易裁判所に起訴されるに至つたこと及び渋谷簡易裁判所が同年十月十三日抗告人は刑事訴訟法第九十六条第一項第二号に該当するものとして先の保釈を取消し、保証金全部を没取する旨の決定をしたことが認められる。しかし刑事訴訟法第九十六条第一項第二号は抗告人が現実に逃亡した場合はもちろんであるが、現実に逃亡した事実がなくても逃亡すると疑うに足りる相当の理由があるときは保釈を取り消すことができると定めているのであるから、抗告人が逃亡したものではないというのみで原決定が違法なものということはできない。却つて抗告人が昭和三十年九月一日保釈許可決定によつて釈放せられたが、その後適当な就職先もなく、小遣銭に困つていたこと、しかも抗告人はこれをその父や兄に訴えるでもなく原宿警察署で同房となつた衣斐隆から聞いていた賍品の隠し場所を探しあて賍物たるカメラ等を処分して小遣銭に充てていたことはこれまた記録上明白な事実であつて、抗告人が就職口もなくてブラブラしていたことは抗告人をその住居に落付かせる最も確実な方法が存在していないことを示すものであり、その上小遣銭に窮して犯罪によつて得た利益をもつて生活していた抗告人のことであるから、もしそのままに放置しておけばいつ逃亡してしまうかも判らない虞があるとするに十分なものといわなければならない。抗告人が賍物収受罪で逮捕され起訴された事実によつては右認定を妨げるものではない。してみれば原決定が抗告人に対し逃亡すると疑うべき相当な理由があるとして保釈を取り消したのは正当な措置であつて、違法とはいえない。又保釈を取り消す場合に保証金の全部又は一部を没取することができることは刑事訴訟法第九十六条第二項の定めるところであるから、原決定が保証金三万円全部を没取したことも違法とはいえないこと明白である。それ故抗告人が現実に逃亡したことがないからとして原決定の違法であることを主張するのは理由がない。
(近藤 吉田作 山岸)